日本橋電気街に関連したニュースをお伝えする情報サイトです。 「日本橋( NIPPONBASHI )経済新聞」は 略して”バシ経”。


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◆ロボカップジュニア2006大阪ノード大会が3月5日、大阪市浪速区の大阪市立日本橋小学校で開かれました。昨年を大きく上回る150人、65チームが参加しました。大会を運営するスタッフも60人といった具合で、規模は年々大きくなっています。

a0029278_9153325.jpg 自律ロボットによるサッカー、レスキュー、ダンスの3部門に分かれて実施されました。小学生から高校生までの参加者は、相手チームを倒すためにロボットの調整に余念がありませんでした。

 今回はロボット講座を設ける学習塾からの参加も見られるなど、ロボット人口の広がりが感じられました。

 大会事務局を務めるダイセン電子工業社長の蝉正敏さんは「自律ロボットでようやく競技が出来るレベルまでになってきました」と、参加者の技術が向上していることに顔をほころばせていました。

◆近畿各地区の予選大会を勝ち抜いたチームで争われるロボカップジュニア2006関西ブロック大会は、3月26日(日)午前8時から、大阪・南港のATC・ITM棟12階で行われます。

◆こうしたロボットファンの多くが通うのが電気街の日本橋。今ではロボットの街としての一面も見せています。

 今、日本橋では、ロボット専門店「ロボットファクトリー」が、売り場拡張などの計画をしているほか、ツクモ難波店がロボット売り場を開設しているます。ロボットの街・日本橋はますます活気付こうとしています。
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# by sozakiweb | 2006-03-06 09:16 | でんでんタウン
a0029278_19542628.jpg◆大阪・日本橋をミナミのもうひとつの核にしよう-。
 そんな思いを込めて日本橋電気街を中核にした日本橋地区の年に1度のお祭り「日本橋ストリートフェスタ」(主催・日本橋ストリートフェスタ実行委員会)が、3月21日に行われます。

 今年で2回目で電気、ロボット、ニューサブカルチャー、地元地域、アジアがテーマ。日本橋5丁目の三菱東京UFJ銀行前から3丁目の南交差点までの堺筋と沿道の特設会場を会場に、さまざまなハレードと体験イベントが行われます。

 前回は約13万人の人手がありましたが、今回はそれを上回るものと主催者側では見ています。

◆午後1時のオープニングセレモニーでは関淳一大阪市長が開会宣言を行い、パレードがスタートします。ウッドペッカーなどのキャラクターパレードに続いて今宮戎の福娘による宝恵駕のお披露目も予定されています。

 最近、日本橋電気街の一大勢力となってきたアニメやゲームショップに欠かせないキャラクターコスチュームを身に付けたレイヤーや日本橋のメイド喫茶のメイドたちによるパレードもあるそうです。

 地方発アイドル=ロコドルは、メジャーデビューを目指す女の子たちですが、彼女たちバレードには6つのグループが出場します。

 去年のパレード目玉はロボカップ大阪世界大会を控えて、ロボットたちのパレードがありましたが、今回はこうした可愛娘ちゃんたちによるパレードが目を引きます。

◆地元からは「浪速区子供みこし」「日本橋中学校吹奏楽部」がパレードに参加。アジアからは韓国伝統芸能「舞扇・農楽」と中国伝統芸能「龍の舞」が予定されています。

◆日本橋と言えばなんと言っても電気とロボットの街。プルプルてんとう虫を作って競技大会に参加しようという「電子工作教室」や、ロボットの格闘技大会「ロボファイト」、それに高等専門学校の生徒による自作ロボットの展示&パフォーマンスの「ロボットブース」は、見逃せないですね。

 「ロボファイト」はすでに日本橋の名物ロボットイベントになっています。このテーマソングが昨年完成しており、それも今回のロボファイトの会場で披露されることになっています。その一部を紹介すると-。

 ♪
 サーボが唸るぜ、歓声の中
 コントローラー、ライトで光る

 剛性完璧、おまえのボディ
 最大トルクで、ダウンをうばえ

 二人はひとつだ、ロボットフォースだ~
 走れ(ロボファイト) 回れ(ロボファイト)
 サーボが焼けるぜ~ロボファイト ♪


◆電気、ロボットについでアニメの街を目指す日本橋。フェスタでは「CG製作体験教室」が催されます。ドーガ社製CG作成ツールを用いてCGを作るもので、コスチュームやフィギアなどを集めるだけでなく、自分でアニメを作ろうという子供たちを応援します。

◆日本橋ストリートフェスタの運営委員長の野村正則プラス社長は、日本橋は昔から常に新しい価値を生み出してきた街だとして「日本橋の進取気性をたくさんの人に伝え、オオサカの新たな核となるような活気を作っていきたい」と、フェスタへかける意気込みを話していました。

 なお、3月18日から21日までは「でんでんタウン協栄会」加盟店では、売り出しイベント「春のわくわく赤札市」も併催され、フェスタを盛り上げます。
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# by sozakiweb | 2006-03-01 19:54 | でんでんタウン
a0029278_1844399.jpg◆年に1度の日本橋電気街のお祭り「日本橋ストリートフェスタ」が今年も3月21日、日本橋5丁目の三菱東京UFJ銀行前から3丁目の南交差点までの堺筋と沿道の特設会場を会場に、さまざまなハレードと体験イベントが行われます。

◆体験イベントの中には、ロボットの街らしく今年も楽しいロボット関連のイベントが予定されています。
 そのひとつ「ロボット漫才」では、でんでんタウン協栄会が昨年末に開発した漫才ロボット「デバック」が、お笑いタレントの三宅和樹と掛け合い漫才を披露してくれます。

 デバックは、映像ソフト販売とイベントのジャングル(大阪市浪速区日本橋5)が中核となって同協栄会が制作した2足歩行ロボット。体長30cm、体重約1.5kgで、話の内容に合わせて手足を動かすことが出来ます。

 また、相方の話には陰に隠れた人間がマイクを使って応じることになっています。
 ロボット漫才は、日本橋5丁目のPCビル1階で、当日午前11時から午後5時まで行われます。

◆日本橋ではこのほかにもいろんなロボットが開発されています。ロボットの専門店「ロボットファクトリー」とロボットイベントのロボファイトなどを企画・運営している「ロボットフォース」、それにロボカップ仕様のロボットを開発しているダイセン電子工業の3社が共同で開発を進めているのが6軸のロボット「Roppo」。

 今春から夏にかけての発売が予定されていますが、価格など詳細は未定です。競技大会の出場やロボット工作教室用の教材としての用途が考えられています。
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# by sozakiweb | 2006-03-01 18:05 | ロボット
◆ヤマダ電機が日本橋電気街に隣接する大阪・難波に建設していた「LABI1 なんば」店が3月10日にオープンします。
 場所は、なんばパークスの南側。すで地下鉄の車内吊広告でも告知されているし、同社のホームページでも案内されています。

◆電気街への相乗効果が期待されていますが、どうなるでしょうか。少なくともビッグカメラの売り上げに与える影響は大きでしょう。

◆ただし日本橋は家電やパソコンの町からロボットや萌えの街に変身しており、そこへはさしたる影響はないでしょう。もっとも一部の競合大型店にとっては、家電やパソコンの売り上げが減少するかもしれませんね。

[オープンを告知するヤマダ電機のHP]
http://www.yamadadenki.info/labi/
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# by sozakiweb | 2006-02-13 20:04 | でんでんタウン
◆今年、ドイツのブレーメンで開催される「ロボカップ」世界大会の国内予選が始まります。
 大阪地区の代表を決定する「大阪ノード大会」は、3月5日、大阪市浪速区の大阪市立日本橋小学校講堂で開かれます。

 申込先は(〒556-0005大阪市浪速区日本橋4丁目9番24号 株式会社ダイセン電子工業内「ロボカップジュニア大阪ノード大会実行委員会」係)で、締切りは2月18日(必着)です。

◆また日本代表を決定する「ロボカップジャパンオープン 2006」は、06年5月4日~6日まで、北九州市小倉北区の西日本総合展示場で開催されます。

 実施されるのは、「サッカー」の部が、小型リーグ、中型リーグ、4足リーグ、ヒューマノイドリーグ、シミュレーションリーグ。「レスキュー」の部が実機リーグ、シミュレーションリーグ。それに「ジュニア」の部。
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# by sozakiweb | 2006-02-13 09:44 | ロボット
◆電気街・日本橋の新しい顔としてた注目されているメイド喫茶ですが、新たにオープンするところがあるかと思えば、一方では閉店するお店もあるなど、入れ替わりは激しいようです。

 2005年11月にオープンしたメイド喫茶「カフェ ノアール」は、2月15日に閉店するそうです。
 閉店記念セールじゃないけれど、2月11日~2月14日は「限定卒業イベント」が行われるといいます。

 メイドさんは学生服で応対してくれるそうです。チェキも500円で撮り放題だとか。
 http://www.cafe-noir.net/

◆新しくオープンしたのはメイド喫茶「CANDY PANICいちご味店」。ソフマップのすぐ近くだそうです。
 http://blog.livedoor.jp/candypanic/
 http://www.geocities.jp/ext_stage/report_etc/cp.htm

◆いかに新しい顔とは言え、この世界にはついていけないね。
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# by sozakiweb | 2006-02-10 18:20 | でんでんタウン
東亜無線電機(大阪市浪速区)が、パソコンを起動せずに電子メール着信をランプなどで知らせる装置「ML―2」を4月中旬に発売します。価格は約6万円。

 メールアカウントを最大8つまで登録でき、管理します。メールサーバを自動監視し、着信メールの有無を定期的にチェックします。装置がネットワークに直結してメール着信を調べるので、パソコンの電源を入れる必要はありません。
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# by sozakiweb | 2006-02-05 23:48 | でんでんタウン

でんでんMAP

◆日本橋電気街「でんでんタウン」にお越しの際に活用してください-。
 先日郵送されてきた封書には、そんなメッセージが付けられた地図が入っていました。
 2006年版の「日本橋でんでんタウンとくとくMAP」です。

a0029278_11352539.jpg でんでんタウン協栄会が毎年発行する公式ガイドマップで、電気街の家電店やPC関連店、AV関連店、ゲーム関連店をはじめ携帯電話、電材・部品、ホビー・コミックなどすべてのお店の場所が地図上に書き込まれています。

 おまけ電話番号、定休日、営業時間も書いてある。毎年、新版が出るたびに「町歩きには便利だ」と評判になっているそうです。

◆この地図では業態別に色分け表示がしてあるのですが、感じるのはいろんな色が散らばっている点です。ピンクで表示されているCD・DVDといった業態は、町中いたる所に見られます。


a0029278_11365125.jpg さらに注目すべきなのはMAPのスポンサーです。ロボットやフィギア、漫画・アニメ、メイドカフェといった電気街での新興勢力の専門店がたくさん目に入ります。
 変わりつつある電気街がひと目でわかる地図です。

 なおこのMAPは同協栄会加盟のお店で無料配布しているそうです。
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# by sozakiweb | 2006-01-28 11:42 | でんでんタウン
 日本橋で伊東氏が始めた部品店「共和商会」は、停電灯が市場で人気を博すようになって、それには欠かせないセレン整流器を売ることで軌道に乗り始める。
当時、セレン整流器は軍隊の放出品であったが、各地へ買出しにでかけては品物を集めたという。

 「吊り下げて持って帰ってくるんですが、重たかったですな。夜行で行って夜行で戻ってきました」

 商売を始める前、伊東氏は軍隊にいた。北京でラジオロケーターを使って敵機の探索をしていたことは前にも触れたが、そこで玉音放送を聴いて復員して大阪に帰ってきたのは昭和20年11月26日だった。

 底冷えのする午前3時頃にようやく大阪駅に着いたという。前日の25日は誕生日であった。「誕生日には帰ることが出来るかもしれない」と期待していたが、それは叶わなかった。しかしやっと大阪に帰り着いたという喜びは、そんなことも吹き飛ばしていた。

 駅前ではたくさんの人が火を囲んでいた。あまりの寒さに足は自然と火に向かい冷え切った身体を温めていると一人の男が板切れを抱えて近づいてきた。

 「兵隊さん、これはわしら商売でやっとるんでなぁ、お金払ろて」 「兵隊から帰ってきたばかりで金なんかあらへん。替わりに煙草をあげるわ」
 持っていた煙草中から2、3本を渡すと、男は黙って立ち去っていった。
 当時、この商売を「当り屋」と呼んでいたという。今は車に当たるのを言うが、その頃は火に当たらせるのをそう呼んでいた。

 そこで一番電車まで待って東住吉の実家へ帰ったが、そこには家族は誰もおらずに他人が出てきた。一体、どうしたことから訪ねると「大和・御所のほうへ帰られましたで」という。そこで疎開していたことを思い出し再び重い足を引きずってそちらへ向かった。
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# by sozakiweb | 2004-06-26 16:18 | 電気街を作った男たち
 下駄屋、洋服屋、古着屋、古本屋、新本屋などいろんな商店が軒を並べて戦後の日本橋筋商店は存在していた。
 当時の商店街は決して活気のあるものではなかったが、伊東氏の目には「街の片隅にある商店街よりも大きなものだった」と映ったといいます。

 日本橋筋商店街がある堺筋には戦前、市電が通っていた。3丁目の松坂屋(現高島屋別館)から難波方面と北浜方面へと分岐していました。
 当時バスは、大阪市営の青バスと民間の銀バスが走っていましたが、戦後、沢田電器が商売を始めた時、銀バスのボディを店舗にして商品を並べて売っていといいます。

 戦後、日本橋に淺川無線という部品店があった。ここの経営者、浅川氏は陸軍
士官学校、陸軍大学を出て、陸軍少佐にまでなった人でした。ところで戦後は軍
人はすべて解雇。仕方なしに商売を始めた。階級章こそ取ってあったが、将校マ
ントを着て軍人の姿そのままで店頭に立っていました。

 伊東氏はその淺川氏と東京・神田(今の秋葉原)へ、真空管など部品を買出しにしばしば出かけています。当時は露店がたくさん並んでいました。そこで部品を売っていました。

 その頃、良く売れていたものに「停電灯」という商品がありました。
 伊東氏は、それに使用するバッテリーを販売していました。

 停電灯は、小さなバッテリーで普段充電しておき、停電時に豆球を点けるというものでした。バッテリーには30Aの容量の大きなAバッテリーと小さなB バッテリーがありました。
 停電灯に使っていたのはこのBバッテリーで、ひとつ2Vのバッテリーを3つ入れて6Vにして豆球を点していました。

 セレン整流器で充電する仕掛けになっていました。伊東氏からバッテリーを買っていたったラジオ店などは、それを木の箱に入れて停電灯として販売していたのです。その中に日本橋のマルタンムセンの丹野氏の姿もありました。
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# by sozakiweb | 2004-06-26 16:16 | 電気街を作った男たち