日本橋電気街に関連したニュースをお伝えする情報サイトです。 「日本橋( NIPPONBASHI )経済新聞」は 略して”バシ経”。


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2008年 09月 12日 ( 2 )

◆照明専門店「正電社」の伊東雅男会長が2008年8月22日に死去されました。
 同24日に行われた告別式にはたくさんの人が訪れ、別れを惜しみました。

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故・伊東雅男会長

 伊東会長は、1996(平成8)年5月から2004(同16)年5月まで日本橋筋商店街振興組合の理事長を務めました。
 その間、アーケードの建替えなどに尽力し、現在の日本橋筋の基礎を作り上げるなど、常に日本橋の発展を考え続けた人でした。

 そのアーケードは2000(同12)年に着工し、翌2001(同13)年に完成しました。
 02年3月には記念式典も開いています。

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伊東会長発案の日本橋初の公式地図

◆日本橋商店街と電気街の振興のために、そのほかにも多くの事業を手がけています。
 理事長就任1年前の振興組合30周年には、それを記念して日本橋初の公式地図「日本橋筋界隈マップ」の制作を発案をしています。

a0029278_19373448.jpg これは現在、日本語をはじめ英語、中国語、韓国語など多国語の地図へと発展し、ロボットマップなど専門地図を生み出すきっかけを作りました。
 こうした来街者へのサービスを考えたこれだけの地図の充実ぶりは、他の商店街では例を見ないほどです。

 また「街を発展させるには専門会社による事業展開が必要」と提案し、03年5月の日本橋街づくり振興会社設立を働きかけ、先を見る力は老いてもなお健在でした。

伊東会長が書いた電子工作教室の案内文字

◆伊東会長が日本橋5丁目で部品店「共和商会」を開業したのは、まだ焼け跡が残る1946(昭和21)年でした。

 これが現在の照明専門店「正電社」の前身です。
 最初は軍隊が放出した旧日本軍の通信機などを売っていましたが、しばらくするとその頃良く売れていた「停電灯」という商品に使用するバッテリーも販売するようになったそうです。

 照明器具の販売に主力を移すようになったのは、家電ブームがやって来る昭和30年になってからでした。
 店舗も日本橋3丁目に移し、現在に至っています。
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by sozakiweb | 2008-09-12 19:18 | でんでんタウン
◆大阪・日本橋の電気街を担当する家電メーカー・販売会社10社で作る「双葉会」が、2008年10月に解散することがわかりました。

 解散の理由は「コンプライアンス(法令遵守)が求められる今、旧態の業界団体を存続させていることは時代にそぐわない」としています。

 しかし、日本橋電気街の電器店などで作る「でんでんタウン協栄会」の会員からは、「本音は日本橋電気街は支援するのに値しなくなった、といったところにあるのではないか」といった、日本橋切捨てを指摘する声も聞かれます。

◆双葉会のメンバーは、同協栄会の賛助会員でもあり、ピーク時では年間1億円もの賛助金を納付していたと言われています。

 協栄会では「解散は時の流れで仕方のないこと」として、引き続き協栄会活動への協力を要請するとしていますが、今後の同協栄会の活動に与える影響は大きいものと思われます。
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by sozakiweb | 2008-09-12 17:31 | でんでんタウン