日本橋電気街に関連したニュースをお伝えする情報サイトです。 「日本橋( NIPPONBASHI )経済新聞」は 略して”バシ経”。


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大阪大学大学院工学研究科、オタロードや五階百貨店などでんでんタウンを視察

◆大阪大学大学院工学研究科地球総合工学専攻の奥俊信教授と鈴木毅准教授など8人が、2008年6月18日、街づくりの現状を学ぶために日本橋電気街・でんでんタウンにやって来ました。日本橋筋商店街振興組合の蘇建源会長の案内で、オタロードやパーツロード、五階百貨店など日本橋の新旧さまざまな場所を見て歩きました。

 訪れたメンバーは、いずれも大阪大学大学院工学研究科で街づくりについて研究している人たちです。奥教授は建築工学、鈴木准教授は建築・都市デザインがそれぞれ専門です。

 一行は、五階百貨店(インスタントラーメン専門店、中古テレビ店など)、オタロード、JT関西支社跡地に建つ駐車場、高島屋別館、日本橋3丁目の歩道橋、PA専門店、パーツロード、旧ニノミヤ本店跡の空き地、上新電機ロボット専科などを見学しました。

◆ロボットをキーワードに新しい街づくりを進める手法を聞いたり、「ロボット専科」ではどのようにロボットを販売しているのか、などといった質問が出ていました。
 新しいものと古いものが混在する電気街には、とりわけ関心を示していました。中でも日本橋ストリートフェスタなどのイベントには興味を持ち、「地域住民にも喜ばれるイベントへの工夫は」といった問いかけもありました。

 また大阪と和歌山をつないだ街道、紀州街道が日本橋の中を通っていたり、その通りに面して、落ち着きある和風旅館の「かめや」があることに注目。
 その旅館は、街道が盛んに利用された当時を偲ばせるなど、日本橋の中にはそうした建物が残っており、歴史ある街であることを指摘していました。

 そうした中にあって、電気街の中では数少ない建築デザイナー設計による店舗ビルにも目をやっていました。


ホームページ「街道歩き」 には、その日本橋界隈をも通っていた紀州街道について、次のように書かれています。

「かつて日本橋筋は長町と呼ばれ旅籠が軒を連ねる宿場町であった。東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんも物語の中で長町7丁目の分銅河内屋に宿泊している。
 寛政4(1792)年に長町1丁目から5丁目が日本橋筋と改称され、明治5年、長町6丁目から9丁目も日本橋筋となり、長町の名は消えた。長町7丁目は現在の日本橋筋4丁目から5丁目あたり」

編集長=注=旅館かめやが建っている場所も、旧長町7丁目界隈に当たります。
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by sozakiweb | 2008-06-24 10:04 | でんでんタウン