日本橋電気街に関連したニュースをお伝えする情報サイトです。 「日本橋( NIPPONBASHI )経済新聞」は 略して”バシ経”。


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子どもが集まる街づくり 実現しなかった年齢別専門店「小・中学館」構想

◆でんでんタウン協栄会が進める「でんでんタウン電子工作教室」には、電気街を子どもたちが集まる街にしようというねらいもあります。昔、小中学生をターゲットにした専門店を出店する構想を提案していた人もいました。しかし今の日本橋には、子どもたちが集まる街にするには、解決すべき課題がたくさん存在していのも事実です。

 昭和50年代、電気街にはまだ子どもたちの姿もたくさん見られました。わずかな小遣いを持って遠方から自転車に乗ってやって来ている子どもたちも少なくなかったようです。
 電気街にやって来る子どもたちの何割かは必ず大人になっても日本橋へやって来るユーザーになるし、自分の子どもにも日本橋をすすめてくれる。
 今、それを支援しているのが電子工作教室なのです。

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でんでんタウン電子工作教室スタッフの吉谷さん(右)と大野一廣さん

◆外資系投資会社と銀行に食いつぶされた形の家電量販店ニノミヤがまだ隆盛だった頃、その社内で「小学館」と「中学館」という何やら出版社と間違えるような名前の店舗を作ろうという提案をしていた社員がいました。
 今、電子工作教室のスタッフのひとりである吉谷達嗣さんです。

 全盛期のニノミヤは日本橋だけで12店舗を構え、オーディオ、パソコン、電話機など商品別の専門店を展開していた。そうした新業態店舗のひとつが、その奇妙な名前の2つの専門店だったのです。
 いずれも従来の商品別専門店とは違い、年齢で専門店化しようという計画でした。

 たとえば小学館では小学生向きのゲームやプラモデル、文具など、電気製品にとどまらずに子どもたちがほしがるような商品を何でも扱おうというものでした。

◆小さなお客がわくわくと胸を躍らせるような商品を集めると彼らは店にやって来る。そして長じてからも日本橋に必ず買い物に来てくれる-といった、今の電子工作教室にも似た発想です。
 残念ながらこの計画は採用されませんでしたが、提案した吉谷さんには成功するといった確信はありました。

 それはNECのパソコンが絶対的な人気を誇っている時、吉谷さんはあまり人気のなかった富士通パソコンの専門店を任されていた。ところがその店でNECのパソコンがどんどんと売れたのです。
 理由は、かつてミニ四駆を扱っていた店舗にいた時のお客であった子どもたちが、親を伴って買いにきたからでした。

 「自分が子どもだった頃、大人たちが作っていた模型飛行機にわくわくしたのと同じように、時代が変わっても子どものわくわくは一緒のはずだ」と、吉谷さんは考えていたのです。

 子どもたちが集まってくる街こそ、電気街復活の大事な要素かもしれません。
 しかし今、日本橋には小中学生の子どもたちには見せることができないフィギアや本を売る販売店が氾濫しています。
 さらには自転車を置く場所の確保の問題など、子どもが安心して歩ける街づくりは今、大きな課題となっています。
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by sozakiweb | 2007-07-31 09:24 | 電子工作教室/ロボット教室